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その弐 5/14 今日は朝からトゥルスミへ。昨日よれなかったバティックショップを廻る。チレボンで欲しいのはスッカルジャガットとアラビア文字、それとメガ模様です。カインカンパニーでも良いのがあればと思いましたが、あまり良いのが(私の主観です)無かったので、ほんの数枚仕入れました。何軒も廻ってやっとアラビア文字のバティック−インドネシア語でグラフィックと言ってました−を入れられました。ほんとどこにもありません。スッカルジャガットも1枚敷かなくがっかり。その代わり面白いモチーフのバティック数枚仕入れました。中国か日本の着物姿の女性と、中国の影響を受けたと思われるメガに乗った雷小僧と、あとワヤンとメガのモチーフ。これは売りたくないので常連のお客さまだけにカインバンジャンを1枚。スレンダンは手元です。その後、運転手がインドラマユは近いぞということで、1時間かけてインドラマユの工房へ。いやー、インドラマユのバティックってあんまり好きじゃなかったけど、面白いですよね。イカン(魚)柄が大好きになりました。チレボンのように芸術性は無いかもしれませんが、手もまあまあで値段もそこそこ、モチーフが面白いと来れば言うこと無しですな。
その後初めてチレボン市内で食事。ジャンボという海鮮中華風インドネシア料理店へ。おそい昼食であるが、お腹一杯。
ホテルに帰って今回の漁の獲物を見て満足。ただ一つ心配なのはチレボン−ジョグジャカルタの汽車のチケットが取れていないと言うこと。チレボンに着いた日にホテルのフロントでチケットの手配を頼んだのですが、なんでもジャカルタのコンピューターがダウンしていてチケットの手配が当日にならないと出来ないと言うのである・・・。明日行けるのであろうか。一応ジョグジャのホテルは押さえてあるのであるが迎えに来てもらおうと思っているのでETAを決め手置かなくては、と思ったら朝と昼1便づつしかエグゼクティブシートの特急が出ていないとのこと。9:56発現地着は2:30とのことだがたぶん3:00−4:00の間であろうと、ジョグジャのホテルに連絡。結局翌朝取れて無事出発。道中さすがに長かった。当初、チレボン−ジョグジャがもっともきつい旅程になるのではと思っていたのであるが、まあ長かったけど汽車は楽。本を読んだりうつらうつらしたりして程なくジョグジャにつきました。到着は3:30でした。ホテルはWISMA ARY'Sという日本人の経営しているホテルで、料金7万5千ルピア。料金のわりにシャワー付き、食堂もあり、日本語が多少できるスタッフも居て、日本人の宿泊客もいるが白人の宿泊客も多い、リピーター率の大きいホテルです。サービスも良いし良かったです。が、しかしこのホテルが鬼門になろうとは思ってもいませんでした。部屋は良かったです。必要最低限のものはあるし。が、風呂が・・・。岩風呂みたいなモチーフになっていて少し使いづらい。それに床が塗れると滑りやすいのです。やっとホテルにチェックインできて、丁度ホテルの在処がバティックのたくさんある道に近いのでひとっぷろあびて出かけるか、とシャワーを浴びて出ようと思ったら、そう、たぶん汽車に長いこと揺られていたのでそこし三半器官の働きが狂っていたのでしょうか、床で滑ってしまい、受け身も取れずそのままひっくり返ってしまいました。床のタイルにまともに転び、受け身もとれずのびてしまいました。素っ裸でうめき声を発して床にのびている私。5分くらい延びていたでしょうか・・・。左肩に激痛が走っていることには気が付いていましたが、他にけがをしていないかを確かめるべくやっとの事で立ち上がり、ベッドで体を観察してみるとどこもけがは無いようです。ただ左肩が激痛の為、手を挙げることすら出来ません。骨が出っ張っていたり、なにか異変は無いかと観察してみましたがはれてもいないようだし、脱臼したのか・・・とも思ったのですがどうすることも出来ず、悪夢を忘れようとするがのごとく必死で服を着てバティック屋巡りに向かったのでした。肩は動かさなければ痛くないのでそのままバティック屋を巡り、トゥリスのカヲン柄1枚を入手。欲しいのはワヤン柄だ!!というわけで他のショップを廻ったら高い高いバティックの値段。ウチの売値とかわんねーぞ!くらいでした。しかも全品定価の50%OFFするというではないか!!最初からしとけよな・・。といっても50%引いてもたけーぞ。結局カヲン柄1枚で痛さに耐えられずホテルへ帰る。その番は痛くて寝れませんでした。
5/15 本日はレンタカーを借りていろいろなバティック屋を巡り、ちょっと離れた村の工房へ行って来ました。まあまあ安かったけど、他の産地に比べれば高いよね。その工房へ行って驚きました。家に入ると土間があって、その奥にショールームになっている部屋があるのですが、その部屋の突き当たり白いレースで仕切られた寝床分の部屋になっていて、おばあさんが寝ていました。唖然としましたがやおらおばあさんが起き出してきて店の店主であるおばさんに誰が来たんだと言うようなことを聞き始めました。どうやらおばさんのお母さんのようです。むっくり起き出してきたおばあさんは部屋の隅で座っておりましたが、あれこれ話をしたところ、日本語を話せると言うではないですか!昔日本軍が駐留していてそのとき覚えたらしいですが、「いち、にい、さん、しい」と言っていました・・・。後は大昔のことで忘れたと言っていましたが、歳は推定で100歳くらいに見えました。なぜなら、店主推定娘が80歳くらいに見えたからです。もしかしたら妹かも。ワヤン柄を探して居るんだ、といったら確かあったはずといってあちこと引っぱり出していましたが、どこにあるか忘れたといって結局見つかりませんでした。それでもスッカルジャガットとかタンバルとかいろいろありましたが。それでもワヤン柄をあきらめきれず日本から持ってきた極秘リストを取り出し、ジョグジャのショップでワヤンを扱っていそうなところを探して言ってみると、ありました、いいのが。それは良すぎるので自分のコレクションに追加してしまいました。後はスラバヤへ行って見つけるしかありません。しかし肩の激痛が収まるどころかますますほどくなります。あざが出来ていないのでちょっとまずかな、と思っていたのですが、車の急停車や発進で激痛がはしりますます悪化してきます。薬を買おうかと思ったのですが、めんどうで止めてしまいました。明日はスラバヤの友人が迎えに来てくれてそのままソロへ行く予定。結構長いんですよねスラバヤまで。
5/16 スラバヤの友人が車で迎えに来てくれた。しかーし、恐るべしエアコン無し。こ、こ、これでスラバヤまで行くのか。ボーゼンとしているところに、「申し訳ないけどオヤジの車だから勘弁してくれ」との謝罪の言葉。肩の激痛が悪化しなければよいがと思いつつ出発。ソロまで約2時間。ソロでは無事いつもの業者でパレオとバティック、イカットをしこたま仕入れ。そして一路スラバヤへ。走っている分には風が入ってくるのでまあまあ涼しいが、日差しは暑い。途中おしゃべりしながら7時間ですか・・・。しかし話しをしたなかで9.11WTCテロの話しになったのですが、彼いわく「アメリカ覇権主義とイスラムに対する冒涜に対するテロリズムは断固支持する!!!」と力説していました。アメリカのやることなすこと許せん!ということでしたが、かくいう彼はイギリス人の女とつきあったり、マクドナルドへいったりコーラ飲んだり、ビジネスチャンスを欧米に広げたい願望があるのですが・・・。 |